イタズラ好きなこの手をぎゅっと掴んで離さないでね?


  今日の当番は、少年だった。
 近所で見つかった遺跡にモンスターがお住まいになっていた村からの依頼で探索がてら、退治して欲しいというもの。
 村の警護も兼任だったせいで、遺跡に行くのは一人ないし二人。今日は少年−ジェット・エンデューロ−の番だったのだ。
 一日遺跡の中を徘徊し、雑魚ではあるがモンスターと軽い運動をしてきた彼は少しばかり疲れている。一昨日は、チームリーダーと入ったのだが、彼女の好奇心でいっぱいの行動にうんざりし、一人を志願したのだ。

 宿の入口でばさばさと肩や身体の埃を落していた少年に彼の帰りを待っていた年長組の一人−ギャロウズ−が声を掛けた。その言葉に少年は眼をむいた。
「なんだって?」
 ジェットは、不快感を露わにした表情でギャロウズを見て彼の言葉を繰り返した。
「今から、ハンフリースピークに行くだって!?」

(こいつは怒ると思ってだんだよな〜。)
 腕組みをして自分達を睨んでいる少年に、ギャロウズは苦笑いを浮かべる。
「そんな顔したって駄目だぜ。なんつったって、リーダー命令だからな。」
「だからって、なんでこれからなんだよ!?」
 ドンと片手を机に叩きつけ片方は腰に当てる。上目で見るのは年長の背が自分より遥に高いからだ。
「俺には休息無しかよ。だいだい村の警護はどうするつもりだ。今直ぐにでも鞍替えする程、上がりの良い仕事でもあるのかよ!?」
「まぁ、それはそうなんですけど、私は歓迎もしているんですよ。」クライブは困ったように笑った。
「キャスリンやケイトリンにも随分会っていませんから。」
 素直にそう言われ、仏頂面はそのままにジェットは机から手を放し腕を組んだ。
「飯ぐらいは喰わせてもらえるんだろうな。」
誰に言うともなく呟くと、ギャロウズが笑う。
「勿論さ。待ってな。」
 そして、スキップを踏みながらキッチンに向かう。
 少年は胡散臭いと言わんばかりの目つきでそれを見た。
てっきり文句を言われると思っていたクライブは、目を見開いてその様子を見守っていた。
『…私の心情を気遣って、自分の主張を取り下げてくれたんですね。今迄の彼からは、想像もつかないことですが…。』
 フッと口元に笑みが浮かぶ。それは、愛娘ケイトリンを前にして浮かべる笑みに近いモノ。見守ってきた者としての微笑みだった。
「ありがとうございます。」
「ああ?…あんたに礼を言われるような事はしてないぜ…。」
 ジェットは、プイと顔を逸らす。しかし、微かに頬が赤いのをクライブは見逃さない。
『普通の少年のように。』それは彼の成長の証しなのだから。

 再びスキップを踏み、部屋の中央でターンなどして見せたギャロウズは少年の前にお皿を差し出した。
ご丁寧にウインクまで付いてくる。
「俺様特製だぜ。」
皿にのった白飯とカレー。
「またかよ!?なんで宿に泊まってま
でカレーなんだ!?」
「俺のアルカナの源だからさっっ!」  親指を突き出し、白い歯を見せた紋章術師にカレーをぶちまけたい欲求をなんとか宥めると、ジェットは無言でテーブルに付いた。
うんうんと頷きならが、その微笑ましい様子(彼にはこう見えるだけ)を見守っていたクライブは、ギャロウズにこう問い掛けた。
「ところで、リーダーはどちらですか?」
 ついと、少年が顔を上げる。
 ジェットも、その答えは聞きたかった。
 とにかく騒ぎの原因は、チームリーダーだ。(いつもだよな。と一瞬思った彼に罪はないだろう。)
 あの『お騒がせ娘』が何を考えているか、を聞くぐらいは許されるだろう。反撃したところで、自分は彼女に逆らえないのだから。
「マヤのチームに留守番を頼みに行ってると思うぜ。」
「ほほぅ。相変わらず、あのお嬢さんとは仲良くして頂いているようですね。」
「ま、ある意味うちのリーダーの人徳って奴かもな。」
ニヤリと笑うギャロウズにクライブは苦笑いを浮かべた。



「あんた相変わらず何考えてんの?」
「色々な事かなぁ〜。ファルガイアの平和の事とか、今夜のおかずの事とか。」
 う〜んと考え込まれてから、その答えを聞かされ、マヤは自慢の金髪を指で絡めながら溜息をついた。
それから、まじまじと自分のライバルと称せられる少女の顔を凝視する。
 この間抜け顔の少女が率いるチームにファルガイアが救われたなんて、最も悪質な詐欺にも思える。
ヴァージニアは、大きな目をもっと大きく見開いてそんなマヤを見ていた。
 フウと溜息を付き、マヤは口を開いた。
「それ…本気?」
 しかし、その反応が気に入らなかったらしく、ヴァージニアはこう反論した。
「おかしいかな?日々のよ。日常の目標と、大きな理想これって大事でしょう?どんな大きな事にもコツコツあたれば叶うっていうか。それってやっぱり基本ていうか…。ここ一番に強くなるためにはやっぱり、毎日の健康が大事みたいな…。」
「で?その大きな理想の一歩が、ハンフリースピークに行くことなの?」
 腰に手を当てながら、顔を覗き込まれ、ヴァージニアは顔を紅くした。
「えと…それは、理想って言うか、お願い事なのよ。」
 まさかヴァージニアが赤面すると思ってはいなかったのだろう。つられてマヤも赤くなった。
「何照れてるのよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃないの。」
 体勢を元に戻して、胸元で腕を組んだマヤを上目使いで見ながらヴァージニアが呟いた。
「笑わない?」
「は?これ以上あんたに何か言われたって、最初の爆笑以外何が出てくるって言うのよ。ちゃっちゃっと言いなさいよ。」
「パーティ…。」
「…何の?」
「みんなで頑張って良かったね。色々あったけど一周年記念パーティ。」
 なんてネーミングセンスと心の中で毒づきながらマヤはやっとヴァージニアの言わんとする事を理解した。
「anniversary …ね。」
マヤは口元に手を当ててクスリと笑う。
「いいわ。代わってあげるわよ。明日がその日なんでしょう?」
ぶんぶんと首を横に振るヴァージニアにマヤは思い切り眉を歪めた。
「じゃあいつ…。」
「その日は二ヶ月前に過ぎちゃってて…。」
 マヤは自分も随分間抜けな顔になっているのだろうと思った。しかし、もっと情けない顔をしているヴァージニアに容赦ないツッコミを入れる。
「あっきれた。何やってんのよ。あんた!?でも、なんで急に思い立ったの?」
「間抜けは分かってるわよ。あのね、この間、ジェットと一緒に遺跡に潜った時に、もう一年たったなってジェットが言ってくれて、私すっかり飛んじゃってて、えぇってなっちゃて…もうパニックで〜。」
「彼に先に言われたの?そりゃあショックよね。記念日は普通女が覚えてるものですもんね。」


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